一五四 機關(六七)

○一五四 機關(六七)  船和可川利フナワカツリ
慧苑に無いが、經文〈三二〇ウ下尾一〉に其船鐵木堅脆、機關澁滑、水之大小、風之逆順とあり、船に關して居るから、船ワカツリ〈複合轉韻によりフナワカツリであらう〉と訓註して居るのであり、ワカツリは船のみに關した語では無い。すべて物をあやつり動かすしかけを云ふ。だから和名抄が和加豆利と云つて居るのは、織機に就いて云つて居るのである。聖語藏御本景雲寫經華嚴經古點に和可ツリ〈春日博士論文による〉とあり、地藏十輪經元慶點に、誘誑をワカツリタボロカスともコシラヘタボロカシとも訓じて居る。此の他點本にワカツリの語は多い、名義抄にワカツルとあるから元來動詞である。此のワカツリに似た語にオコツルと云ふのがある。即ち其の名義抄〈佛下本九五〉に機字をワカツル〈聲點あり、但し濁點なし〉オコツリと訓んで居り、手篇に幾を書いた字〈佛下本七七〉をアヤツリ、ワカツル・オコツルと訓み、誘〈法上五二〉をオコツルと訓んで居る其のオコツル、オコツリであるが、古今六帖五「思ひ煩ふ」に「あだ人のをこづり棹の危ふさにうけ引く事の難くもあるかな」(をこづり棹の語は賀茂保憲女集の序文にも見える、魚釣棹の事を云ふ、食餌で誘ふからである)源氏夕霧に「之ををこつりとらん」とあり、大鏡道兼傳福足フクタリ君のところにも二度見える。紀にも誘字を、神武紀忍坂の大室の條をはじめとして、しば〳〵ワカツリ、オコツルと讀んで居る。しかして倭訓栞はヲコツルを「招別ヲギツレる義成べし」と云ひ、國語辭典は「ヲギ釣る義か」と云ひ、飯田武郷の日本書紀通釋〈二ノ一一六六〉は「袁許めきて人を欺き誘ふをいふ。豆利はそのをこめくさまにて、引を引つり‥‥などいヘるに同じ‥‥さて紀中ワカヅリとよめる處も通音なり」と云つて居る〈倭訓栞や國語辭典は、ワカツリをヲコツリの轉韻とまでは云はず〉しかし文獻所見の、ものについて云へば、ワカツリが古く、ヲコツリは新しく見えるから、ワカツルが古く、ヲコツルは其れの轉訛形ではあるまいかと想像する〈從つてヲコヅルの語原説は妥當であると思へぬ〉何れにしても、ワカツル、ヲコツルが密接な關係を有するものなる事は考へられる。假名は無論ヲコツルである可きだ。