カハツルミと云ふ古語が、おなにいを意味する語であつたと云ふ事は、大體認める可きではあるが、實の所右述の通りであつて、明證がある譯では無い。だがこれに反して、相當に古くより存し、しかも今日でも生きて居る語として、語史的見地から興味を引かれるものは「せずり」「せんずり」の語である。セズリが撥音化してセンズリと成つたもので、形から云へばセズリの方が古いと思ふ。京阪地方のみならず、サ行音はハ行音と變ずる傾向があるからセがヘに變化した語も、一層有力であり、其の古い形がセズリである事を氣づかぬものも多からう。

此の語は與清が松屋まつのや筆記で案外に其の古いのに驚いて居る通りに、室町末期に既でに存したのである。但し用例としては、與清が引いて居る山崎宗鑑犬筑波集いぬつくばしふ

佛の前でせずりをぞかく
けんと見てしたく思ふぞ文珠尻

とあるのが知られて居るに過ぎまい。犬筑波は、一種の前句附の集と見る可く「佛の前で云々」の難題めいた題句に「けんと見て云々」の句で巧みに應じたもの、兒文珠ちごもんじゆの像に                が、              と云ふ義。文珠尻の尻に文珠師利菩薩の師利をかけて居るのは云ふまでも無い。「けんと」の義は副詞であらうが意義不詳、俳諧文庫本に「夜もすがら」とあるのは、「けんと見て」が難解だから、後人が變更したのかも知れない。犬筑波は永正十一年のものと云はれて居る俳諧文庫本解題〉から、隨分古いものである。但し宗鑑の自筆本などは無論傳はつて居ないのだから、徳川期版本や寫本に據るまでの事である。しかも犬筑波は其の性質上、後人が面白さうなものを次第に書き加へ行く事が想像せられるものであり、現に寫本と木活本とでは、甚だしい出入もあるのだから「佛の前で」の如きも、疑へば宗鑑のであるか何うかは明言できないし、又其の反對に、宗鑑よりも古い時代の人の作が、混じて居るのであるかも知れないとも云へるのである。が、先づ〳〵宗鑑の作とする他はあるまい。但し宗鑑の作と見るにしても、宗鑑の當時セスリであつたかセズリであつたかは疑問であり、此の他にも語形について、疑問が存せないでも無い。