九一 木鏘(二六)

○九一 木鏘(二六)  下正爲㆓槍字㆒千羊反、木兩端鋭曰㆑槍也、鏘是鈴聲也、非㆓經旨㆒、槍倭言宇末良ウマラ
慧苑大治本の兩方にあり、兩方大體云ふ所は同じであるが、此の私記は大治本に據つたのである。木鏘と云ふ標出語も慧苑は木槍に作り、大治本は木鏘に作る。經文〈一三一オ下尾三に以㆑刀屠割、或用㆓木槍㆒竪貫㆓其體㆒とあるのだが、經文も或るものは木鏘に作つて居り、私記や大治本は其の種の經文により、其れは宜しく無い、鏘は鈴の鳴る音だから經旨に合はず、兩端鋭き木槍で無ければならぬと云つて居るのだ。さて、木槍は文字通りに、鈴の無き木製のヤリであるが、此のヤリを宇末良と訓じて居るのはいぶかしい。蓋し、ウマラと云へば十四卷三九にもあるやうに棘であり、今のイバラの事であるが上に、此の槍字に棘の義無く、且つ古代に於いては後世のヤリに大體當るものとしてホコ(富許・矛・桙)があつたからである。だが、こゝに人體を縱に貫く木槍を、ホコと云はずにウマラと云つて居るから、斯う云ふ語もあつたと見なければならぬ。或いはウマラは元來トゲのやうな鋭く尖つたものを意味するので、武器にも植物の名にも使用せられたのであるかも知れぬ。石山寺大智度論第三種點も槍に相當する鏘をウハラと訓んで居る。〉