一〇八 麁獷(三五)

○一〇八 麁×(三五)  上音祖、訓荒也、下音况、訓荒金アラガネ也(×は〈旁廣/篇犬〉
慧苑に無し、大治本にはあるが、全く異るから引くに及ばぬ。經文〈一六七ウ下尾四〉に不㆓惡口㆒所謂毒害語、麤×語、苦他語、令㆓他瞋恨㆒語云々とあるもので×は荒々しくて人になつかぬ犬の事、金に關係した語では無い、麁×二字で荒々しいの義。荒金也とあるは鑛と間違へたか、又は×が鑛に通ずるとでも思つたからであらうか、とまれ此の註は誤だ。但し其は今問題で無い、自分の興味は此の「荒金」がアラカネを示す事は丁度、大神がオホカミで狼を示すが如くであらうと云ふ點にある。支那で鑛を荒金とは云はないであらう(アラタマを荒玉と云ふまい、アラトは麁礪とは云ふが、荒礪とは云ふまい、麁糠を荒糠とは云ふまい)。荒金は國語のアラガネに此の二字を當てたまでだらうと思ふ。斯く考へると麁の訓荒也も、アラシと訓む可きであるかも知れないが明言しかねる。さてアラガネの語は古今集序に見え、新撰萬葉集下にも荒金ノツチ、承暦中の金光明最勝王經音義に「礦、阿良加禰」とある。