一〇九 蚊蚋虻蠅(三五)
- ○一〇九 蚊蚋虻蠅(三五) 蚋、如鋭反、小蚊也、蠅又爲×字、餘承反、説文、虫之大腹者也、經爲㆓蚋字㆒上二字
加安 、下二字阿牟 - 慧苑は蚊蚋二字で出し、大治本は四字で出して居る。漢文註は兩本に據つた。蠅字は異體字だが改めた、×も蠅の異體字である、説文虫の三字、私記はひどい誤をして居るが、大治本により改めた。さて蚊は、安康天皇元年に罪なくして誅殺せられた大草香皇子に殉じて自殺した義士難波吉師日香蚊を雄略紀十四年四月には日香々と記し、又記紀の市邊押磐皇子殺害の條に近江の蚊屋野の地名が見え、カヤヌと訓んで居る。萬葉には「
緑子 ノ若子蚊 身ニハ」「長谷河ヨルベキ磯ノ無キ蚊サブシサ」「蚊青ナル玉藻オキツ藻」「ミナノワタ蚊黒シ髮」「ナツ蚊シ」などと、蚊をカの假名に使ふ事が多い。カアは蚊の長音化でこれは珍しいと云へる(承暦三年の金光明最勝王經音義にも加阿とある)。下の六十六卷には長呼で無く可と記して居る。さてアムは雄略天皇が吉野で詠まれた御歌に阿牟とある〈記紀〉後にはムブの轉訛でアブと成る。新撰字鏡にアム・アブは無いが、本草和名に於保阿布、古阿布、和名抄に阿夫とある。