一六七 鉗鑷(七八)

○一六七鉗鑷(七八)  上宜作鈷字、奇沾反、鈷持也、取㆑物者也、鍛具曰鈷鉗類也、鉗以㆑鐵有㆑所㆓結束㆒也、倭言多波都〻タハツツ、下女×反、車綦也、倭言鼻毛艾利ハナゲカリ(×は犬篇に葛)
慧苑にもあり、私記は慧苑による。經文〈三七八オ上尾四〉菩提心猶如㆓鉗鑷㆒能拔㆓一切身見刺㆒とある。鉗は物を挾み持つ鐵器にして石山寺藏大智度諭第三種點にカナハシの訓がある。鉗子は釘拔を云ふ、鑷も亦同じく、物を挾みとる器でありヒバシの訓もある。それでこゝの鉗鑷は刺拔トゲヌキの義である。故に鑷を鼻毛艾利と訓じて居るのはハナゲカリであり、カルとヌクとは違ふけれども和名抄に此の字を「楊氏漢語抄云、波奈介沼岐、俗云㆓計沼岐㆒」と訓んで居るのに當るのだらう。然るにこゝの漢文註には、鑷を車綦也と云つて居るが、此の註はケヌキの義とは無關係であり、字典には斯う云ふ意味は無い。鉗の以㆑鐵有㆑所㆓結束㆒也も、鐵輪をはめ、鎖で繋ぐ事だから、カナハシの義とは異るので判りかねる。さらに多波都〻の語に至りては、石山寺大智度論・新撰字鏡・和名抄・三卷本色葉字類抄・名義抄・字鏡集の類にも所見が無いので全く何の事か判りかねる。