一一


以上で名語記の語原解釋の中で最も優勢な通・略・反は一通り述べた譯であるが、此の他の解釋としては音の附加を認めて解するものと、故事傳説により語原を解するものとがある。

(四)

音の附加を認めるものは、其の云ひ方によつて三種に分ち得る。

(イ)

ヤスメ字を加へるとするもの。

  • フグリ〈ノ〉〈ノ〉ヘノコ如何、答ヘ〈ハ〉フエ〈ノ〉反、魚ノ腹ノ中〈ニ〉マロナル物也、ツブルレバナル故〈ニ〉フエ〈ト〉ナヅケタリ、人〈ニハ〉フグリ〈ノ〉〈ニ〉アル間物ト申セル歟、ノ〈ハ〉ヤスメ字、コ〈ハ〉子也(七帖)
(ロ)

ヨミタハフ、イヒクハフ、イヒツク、クハフと云つて居る例。

  • ○カムツカタ(上方)に就いて「カミカタ〈ヲ〉ミヲム〈ト〉ヨミ、サラニ、ツ〈ヲ〉ヨミクハヘテカムツトイヘル也」(十帖)
  • ○神樂ヲバ、カムラクトモ、カムガクトモイフベキニ、カグラ如何、コレハカム〈ノ〉〈ヲ〉ウトヨミ、ラク〈ノ〉〈ヲ〉イヒケチテ、カグラ也、又ラク〈ヲ〉ラトバカリイヘル〈ハ〉催馬樂ヲサイバラ〈ト〉バカリイヘル〈ガ〉如シ、又ハジメノ字〈ノ〉スヱ〈ニ〉順音〈ノ〉アラヌ字〈ヲ〉イヒクハフルコト傍例オホシ、山城國〈ニ〉相樂郡ハ、サウラク〈ヲ〉サガラ〈ト〉イフ、參河國〈ニ〉設樂郡ヲシダラ、因幡〈ハ〉イムハム〈ト〉イフベキヲイナバ〈ト〉イヒ、播磨國〈ハ〉ハムマナレドモ、ハリマトイヒ、讚岐〈ハ〉サムキナレドモサヌキ、但馬〈ハ〉タムマナレドモタヂマ、駿河〈ハ〉スンガナレ〈ドモ〉スルガ、美作〈ハ〉ミサクナレドモ、ミマサカ〈ナド〉イヘル風情〈ニ〉神樂ヲカグラトイヒナセル也(七帖)

右の中順音と云ふのは判らぬ。アラヌ字〈ヲ〉イヒクハフルと云ふのに當てはまりさうなのは、ミマサカの例のみのやうだ(尤も是れは地名字音轉用例以來いろ〳〵の解釋も可能である)。

  • ○雙六ヲ、サウロクトコソイフベキ〈ニ〉スグロク如何、サウ〈ヲ〉反セバス也、ス六トイフベキニ、非分〈ニ〉〈ヲ〉イヒツケテ、スグ六〈ト〉イフ也、鎭西〈ヲ〉反セバ、ツシ〈ト〉ナル〈ヲ〉ツクシ〈ト〉イヘル風情也(九帖)
  • ○ミヤツコ如何、コレハ宮子也、ミヤコトイヘバ、タラヌ樣ナレバ、中〈ニ〉〈ヲ〉クハヘテミヤツコトイヘリ、上〈ヲ〉カムツ〈ト〉イヒ、下〈ヲ〉シモツ〈ナド〉イフガ如シ……(九帖)
(ハ)

別に何とも云はずして、音の附加を認めて居るもの。

問、龍礫〈ヲ〉コノミ、武勇〈ヲ〉タツルヲ、イムチ〈ト〉ナヅク如何、答、ソレヲバ異治〈ト〉カケル歟、能治〈ニ〉〈シ〉タル不調ノ詞也、ワガ心〈ト〉イノチ〈ヲ〉ウシナフ職ナレバ、異治トイヘル也、イチ〈ヲ〉世間ノ人イムチ〈ト〉イヒナセル也ト申セル也(七帖)

(五)

さて故事傳説により語原を説いて居るものは例が至つて乏しい。左の如きものがあるのに氣づいたに過ぎない。

  • ○次、ソバムギ如何、喬麥トカケリ、ソロハタムキ也、スミハタムキ也、昔物語云、イニシヘ、神代〈ニ〉ヨロヅノ草木〈ヲ〉メシテ名〈ヲ〉ツケラレケルニ、喬麥遲參シテ、尋常ナル名字〈ニモ〉アヅカラザリケルヲ腹立シテ、ソバヘムカヒテ候ケレバ、ヤガテソバムキトナヅケラレニケリト申セル説アリ、マヽ説物語歟(九帖)
  • ○問、ロヽ法師如何、答、前ニ申侍ベリツ、小兒〈ヲ〉モリフスル時〈ノ〉詞也、ロヽ〈ハ〉波多迦王ノ舌ノコハクテ、ロヽ〈ノ〉字ノタマハザリシ時、乳母〈ニ〉イハセシ詞也、法師ハヒジリ法師〈ノ〉心歟(十帖。前ニ申侍りつとはあるが、第二帖にも第三帖にも見當らないやうだ)
  • ○次禪僧ノ世間ニナルヲオツ〈ト〉名ヅク如何、コレハ禪僧ノ床ヨリシタヘオツル因縁アル也、養生第一〈ノ〉治方〈ニ〉室内有若女トテ、未開ノ女〈ノ〉氣分〈ニ〉チカヅク〈ガ〉男子〈ノ〉タメニハ、諸病ノクスリニテ待ベルナル〈ニ〉ヨリ〈テ〉大國〈ニ〉昔佛道修行〈ニ〉身ツカレタル病僧〈ヲ〉イタハラムタメニ、ユカノウヘ〈ニ〉フセテソノシタ〈ニ〉未開〈ノ〉若女〈ヲ〉フセテ、カノ毛〈ニ〉アタリ〈テ〉病氣〈ヲ〉療治シケルホドニ、不慮〈ニ〉妄心オコリテ、シタヘオリユキタリケル故〈ニ〉墮落〈ノ〉前蹤〈ヲ〉タテ申也〈ト〉ツタエ申セル也(三帖)