一〇

(三)

次ぎに音がツヾマると云ふ現象で説明するもの。是れは、名語記の中では最も優勢であり、徳川末期の服部宜の名言通などをも辟易せしめるばかりに濫用せられて居る。術語としては、カヘシ・反音と云ふ風に名詞で云つて居るもの、カヘス、カヘル、ツヾムと云ふ風に動詞で云つて居るものとがあり、(然う云ふ用語を使はぬ例も無論多い)一語の中にも、反るものと反らぬものとある事を云ひ、又二重反と云つて二重に反る例のある事を云つて居る。又國語のみならず字音語のカヘしで説くものもある。

(イ)

「反」と云つて居るもの、用例は最も多いであらう。カヘシと訓む事は第二帖の序や櫓の條に「カヘシノ義ニハアラザルベシ」とあるので判る。

山ノカセギヲカトナヅク如何、カ〈ハ〉鹿也、カハ〈ノ〉反、皮ナリ、コレ〈ヲ〉シカ〈ト〉イフ時ハ、シキカハノ反、敷皮也、コレハ皮〈ヲ〉〈ト〉セルケダモノナルガ故〈ニ〉カハノ反〈ヲ〉名トセルナラン(二帖)

(ロ)

「反音」と云つて居るもの。「反音」は悉曇の方の術語にて、何う發音して居たか判らぬが反音抄をヘンオンセウと訓んで居る古い例を見た事がある。漢呉混讀であるがヘンオンと讀んで置く。

  • 下臈ノ詞ニ、少分〈ノ〉物ヲバ、タヾイナリトイヘリ、如何、イ□ナベテノ人〈ノ〉ツカフ詞ニテハアラザレドモ、反音ヲタヅスレバ、イシテカラシ〈ノ〉反歟、石中也、少事ヲイフ時〈ハ〉イシ〈ヲ〉ワリ〈テ〉トイヘリ、コノ心ニヤアラム、イシワルトハ、米一石アルベキナカラ〈ヲ〉ワケテ、五斗〈ヲ〉モチヰル心ト申セル歟(七帖)
  • ○古歌〈ニ〉ヲチカヘリ□ホニナクナリホトヽギス〈ト〉イヘルヲチカヘリ〈ヲバ〉一説〈ニ〉百チカヘリト尺セリ〈ト〉キコユ、百ヲヲトヨムニアタレリ、歌仙サダメテ申スムネ侍ベル覽カシ、ソレヲバシラズ、反音ニムケテ、コレヲ推スルニ、百ニハモヽノヨミアリ、モヽ反リテハモナルベシ、シカレバ百チ〈ハ〉モチ〈ト〉イハレヌベシ、ソノモ〈ヲ〉〈ノ〉同韻相通ノ義ニテヲチ〈ト〉イヒカヨハセルニヤ〈ノ〉〈ヲ〉ナセリ、正説イデキタラバ、コノウタガヒ〈ハ〉ステラルベシ(十帖員數の事條)
(ハ)

「反ス」「反ル」と云つて居る例。

放屁トテ人ノヒレバワラフヘ如何、フヱ〈リテ〉〈ト〉ナル、笛〈ノ〉心也、ナレバ也、又ホエヲ反セバ、ヘ也、尻ノホユル也、又云、下風ハヒキカゼ〈ト〉ヨマレタリ、ヒキカゼヲ反セバ、ヒケトナル、ヒケヲ二重ニ反セバ、ヘトナル也、又放屁〈ヲ〉反セバ〈ナリ〉サテヒ〈トハ〉キコユル也(二帖)

(ニ)

約むと云つて居るもの。

  • ○次物ヲコヽニ候、カシコ〈ニ〉候ナドイヘルニ〈ハ〉〈ヲ〉サシタルヨミニキコエタリ、如何、カノニ〈ハ〉ナリノ反、ナリ〈ハ〉ニアリ〈ヲ〉云ヘル也、ヒロクイヘバ、ニアリ、中〈ニ〉イヘ〈バ〉ナリ、ツヾメテイヘ〈バ〉〈ト〉ナル也(二帖)
  • ○問、オソル如何、答、恐也、ヲモサヨラルノ反、コレハ君主〈ニ〉ヨセテウヤマヘル心歟、敵人盜人ナドニオソル〈ハ〉怖異〈ノ〉字也、ヲトスヨラスノ反、又云、オソル〈ハ〉ツヾムレバヲツナリ、オソルノソルヲ反セバヲス也、若是オソル〈ハ〉オトル〈ト〉バシイフベキガ、オソトイヒナサレタル歟ノウタガヒアリ、ヲツヨリコトオコリテ、コノ推ヲナセル也、トヲツ〈ト〉イヒナセルコト例アレバ也(八帖)

右のヒロクイヘバは、延言と云ふのと似て居るやうだが、實は異る。

(ホ)

一語の中で反るものと反らぬものとのある事を云つて居る例には、

ウミカツキ如何、コレハ女人〈ノ〉産スル期ヲイヘリ、ウミキハ月也、キハ反リテカ也、ウミモツキモ反ラズ(十帖)

の如きがあるが、反で説く實際の語原解釋には、或るものは反し、あるものは反さぬ例が多い。

(ヘ)

二重反、二重に反す、反る、と云ふのは、さき程擧げたヘ(屁)に「二重ニ反セバ」とあるもの、又此の小篇の(上)の八三頁の所で引いた蚊の語釋の條に「ハジメノ反〈ニ〉道理キコエザラム時ハ、二重反〈ヲ〉モチイヨトイヘルコノ心也」とあるが其れである。實例としては、コオケのオケがエとなり、其のコエがケと反る、釋迦がウマル月マヽのマルがムと成り、ウムがウと成りてウ月と成るの類が多々ある。(二重反の説明も第一卷に書いてあつたものと見える)

(ト)

字音語の反しで説く例としては、二種ある。

(甲)
一つは一つの字音の假名を反すもの。即ちイハシミヅのシにつきて、シはスミ(澄)の反だとしながら又、字音のセイの反もシであるとして居り(十帖)について、熱いものは赤いものだから、子チの反であらうと云ふ(二帖)類が其れである。

(乙)
も一つは、二字の熟字を反すものにして、屁について「放屁〈ヲ〉反セバヒ〈ナリ〉サテヒ〈卜ハ〉キコユル也」と云ふ類である。