名語記の語原解釋は、本書の出來た時代が時代であるから、既述の通りに、大體學術的價値は乏しいので、語原辭書としての名語記は、歴史的價値を有するのみであると云ふ他は無いのだが、本書中には珍しい言葉が夥しく見えて居る點に本書の大きな價値がある。
本書は語原辭書として、多くの語彙を蒐めて解釋して居るが、其れらの語彙の中に、珍しいものが多いのである。(なほ又、其れらの語彙を解釋する文句の中にも、珍しい言葉が使用せられて居る事も多い。)しかして其れらの珍しい言葉が何う云ふ性質のものであるかと云ふと、大體が古語であるとは認められないものにして、つまり本書が出來た文永・建治の頃に普通に〈大體京都にて〉行はれて居たものと認められるものどもである。云ひ換へれば、鎌倉時代語と認められる語彙である。ところで其れらの言葉は、其の擧げ方によりて、現在のわれ〳〵が意味を理解し得るものと、反對に理解しかねるものとに別れる。

  • ○牛ヲトヾマレ〈ト〉イフ詞ニ、ヲホ〈ト〉イヘル如何、答、ヲソヒヨ〈ノ〉〈ハ〉ヲホ〈ト〉ナル、ハヤクナユキソトイヘルイサメ也、ヲソホド〈ノ〉〈三帖〉
  • ○ヒマトイフベキ〈ヲ〉下臈ノヲマ〈ト〉イヘルユヘアリヤ、答、イトムナ〈ノ〉〈ハ〉ヲマ也、又ヲソムナ〈ノ〉〈三帖〉

右の如き擧げ方では、其の意味を理解するのは容易である(尤も著者獨特の反による解釋は無視するのである)。だが、斯う云ふ擧げ方をせないで、言葉のみを擧げて居るものに成ると、理解が出來るものと、出來ないものとが出來てくる。

  • ○小船〈ノ〉カクミ〈ト〉ナヅク如何、カザキルメル〈ノ〉反、風切也、カクミ〈ハ〉少々〈ノ〉〈ヲバ〉物ニモセズ、ハシリイヅル也〈七帖〉
  • ○春〈ノ〉ソラ〈ニ〉サクラドレ〈ト〉イヘルドレ如何、ドレ〈ハ〉日ノトロ〳〵トアル〈ヲ〉イヘリ、トロラレ、トケラレ〈ノ〉反、春〈ノ〉〈ノ〉〈ノ〉サクコロ、トロメケバ、サクラドレ〈ト〉ナヅクル也〈三帖。ドレには指聲符あり、兩方とも上位、トは二點〉

の如きは、其のカヘシによる説明こそは信ぜられないが、其の他の説明は、われ〳〵の常識判斷で認め得るやうであるから、たとひ明確には理解できないにしても、意味に關する大體の見當はつく。ところが困るのは、此の反のみによりて説かれて居る言葉であつて、

  • ○モノヽ姫君ナドノヤサクサ如何、ヤサハ、ヨハサマ、ヨハシナ〈ノ〉反、クサハカルサマ〈ノ〉〈九帖〉

の如きは、事柄が姫君に關係した事であり、反による解釋の中にもヨハと云ふ語があるので、著者もまんざら、意味のかけ離れた語で反をしても居まいと思はれ、從つてヨハはヨワであらう、ヤサクサは弱々しくやさしいさま、若しくは其れに似た樣なを意味する語であらうと云ふ見當も、つけられるが、

  • ○トカシナシ如何、トクカナセリ〈ノ〉〈ハ〉ツカシ〈ヲ〉カシ〈ヲ〉本ノママカシ〈ト〉イヘル歟、又云、チカキハセリ〈ノ〉反ハ、タカシナシ〈ヲ〉トカシ〈ト〉イヘル歟、又ミトシヨソシノトカルセリ〈ノ〉〈ハ〉トクシ也、トクシヲトカシトイヘルニヤ、ナシ〈ハ〉無也〈十帖〉
  • ○ヒスラカコシ如何、ハリセルラカカトセリノ反、張行ノ心歟〈十帖〉
  • ○タマキルトイヘル詞如何、手目キル歟、又タマ〈ハ〉玉歟、キル、カシラス〈ノ〉反歟〈九帖〉(タマギルは平家物語にも見える魂消である)
  • ○蛇〈ハ〉ナフサウ如何、ナハハムサマハム〈ノ〉反、ナハフルサマハム〈ノ〉反、ナハヒクシナハム〈ノ〉反、コレヲクチナハトイヘルモ朽繩ノ義歟〈九帖〉(此のナハは繩であらう)
  • ○ヨソノフ如何、イトソノナスヘク〈ノ〉〈九帖〉
  • ○サクマフ如何、サハケルマタハム〈ノ〉反、又云、スルカスミナミツ〈ノ〉反、又云、スクカルマヽハス〈ノ〉反、又云、シルカヌミナハル〈ノ〉〈九帖〉

の如き例に成ると、其の反の原形たるトクカナセリ、ハリセルラカカトセリ、などゝ云ふ類の言葉が、語法と無關係の勝手きはまる連語としか見られず、全く理解できないが爲めに、反によりて生じた言葉の意味もまた全く理解できないのである。著者は何う云ふ了見で斯う云ふ亂暴極まる反を擧げて居るのか判らぬが、とにかく言語道斷と評する他はあるまい。しかも此の種の解釋が大部分を占めて居るのが名語記である。從うて、名語記中の珍しい語は夥しくあつても、意味の判らないものが大多數であるのだが、意味は判らぬにしても、とにかく、然う云ふ言葉が、文永・建治頃に存した事は確かであるから、鎌倉時代語として、何れも採取して、鎌倉語辭典と云ふやうな類の書を作る場合の材料とし、意味の判らぬがまゝに擧げて、意味は他日判明するを待ちて補うて行くやうにする他はない。
とにかく、本書は斯くの如くに鎌倉時代語に富んで居るのである。しかも、著者の自筆本であり、文永・建治のものであるから、引用するにしても、轉寫本とは異りて、安心して引き得るのである〈著者自筆本と云つても誤寫が全然無いとも斷言はできまいが、何と云つても轉寫本よりははるかに優れて居る〉此の點が本書の大きな價値である。
さて其れらの珍しい鎌倉時代語を、今こゝで、全部擧げると云ふ事は、必要も無いし〈本書が斯うして紹介せられた以上は、然る可き學者により、本書中の鎌倉時代語が採取せられる事は、やがて實現すると信ずるからである〉又出來もせない事だが、紙數の許す範圍内にて、内容見本的に、一部を擧げて見よう。大體は松井博士の國語辭典を標準として、其れに見えないものを擧げるのだが、同辭典に見えて居るにしても、用例として擧げられて居るのが新しいものは、其の語の古さを示す目的で適宜擧げる事にした。類聚名義抄、字鏡集などとの關係も言及するが、積極的に述べないものは、其れらの書物にも見えない言葉である〈但し索引によりて檢したのだから、少しは間違ひもあると思ふ〉と承知していたゞきたい。
擧げるのには、五十音の行順による。