一二

以上で二・三・七・九・一〇の三帖を中心としての名語記の紹介を了へる。忽卒の調査であり、調査は全部にわたつて居るのでは無いから、誤謬も多からうと思ふ。他日機を得れば訂正する所存で居る。筆を擱くに當り、既でに縷述した通りに、本書は、其の純粹の學術的價値こそは、何分にも出來た時代が古い事であるから、現在の眼で批判して勝れて居るとは云へないけれど、しかし徳川時代の語原説と比べると大きな逕庭がありとも云へない程度のものであつて、殊に其の語原辭書としての組織が整然として居る點には、本書が古いものであるだけに歴史的價値があり、とにかく何と云つても、國語學史上の無二の珍書である事は間違が無く、しかも、轉寫本や版本とは異ひ、文永・建治頃に著者自身により書かれた唯一の原本であり、天壤間の孤本であるのだから、斯う云ふ眞の希覯本が、國家の保護を受けるやうに成り、更らに又、特志家によつて本書の精巧なる複製が行はれて、本書の流布が廣く成り、萬一の災害による湮滅が、防止せられるやうに成る事を、切に望んでやまぬのである。

最後に、名語記を發見せられた關靖先生に深甚なる御禮を申し上げる。(十月二十四日稿)