二
本書は袋綴の普通の二册本で、大きさは縱九寸六分に横七寸、表紙は菊唐草の小模樣あるもの、題箋は藍の雲形あるものに、金の切箔や砂子を施し金銀で菊桐の型を押したものだが「圓選詞林表(裏)」と書いてある。表紙も題箋も書寫當時のものと見られる。さて用紙は薄鳥子か。表册即ち上册は四十四丁、裏册(下冊)は三十三丁、其の三十三丁の尾三頁は識語である。虫損は少々あるが、文字が大字であるから、本文が虫損の爲め讀めなくなつて居ると云ふ事は全く無い。一頁五行四段、全部達筆の行草體で尊圓流の手習手本で無訓であるが、内容は辭書體である。細詮すると、表册は第一頁に内題も無くて(内題としては首題も尾題も無い、此の點裏册も同樣である)第一行に「疊字」とあり、次行よりいろは順に疊字即ち熟字を擧げて居るのだが――極めてまれに有若亡、理不盡、言語道斷の如き三字四字のものがある――別に伊とか路とか標記する事無く、たゞ行を改めて居るに過ぎない。今最初の一頁を示すと左の通りである。
畳 字 伊鬱 引率 引導 引接」 引級 引學 揖讓 猶豫」 婬奔 遊覧 慇懃 因縁」 依違 幽閑 衣裳 衣冠」(希云、」印の所で行改まる)
頭字を同じくする熟字を嚴重に續けると云ふ事は無い。其の熟字は殆んど全部が字音語であるが、極めてまれに左記の如く訓讀すべき語も見える。各語の訓方は共の熟字としては普通であるが、タ・ツ・シの部の四語だけば一寸訓みづらい。ナの不向に至りては辭書類を査べたが訓みかねる。
- イ
- 如何〈イカン温故/知新書〉 何爲〈イカヾセン易林/本節用集〉 幾許〈イクバク〉 早晩〈イツカ下學/集、知新書〉 忽緒〈イルカセ運/歩色葉集〉 不審〈イブカル/知新書〉 所謂〈イハユル〉 掲焉〈イチジルシ/知新書〉
- ハ
- 荒屋〈知新書にアバラヤとある、其の語頭のアが脱ちてバラヤ/とも云つたらしい、イバラがバラと成つた類か、珍しい〉
- ト
- 朋友〈トモタチ永祿/二年本節用集〉
- タ
- 踉蹡〈タメラフ/知新書〉 聞健〈タメラフ運歩色葉集、/知新書には聞達とある〉 假令〈タトヒ〉
- ツ
- 一二〈ツマビラカ知新書、/運歩色葉集、易林本〉
- ナ
- 就中〈ナカニヅク/塵芥〉 不向〈これ何う訓むか不明、向は/ナンナントスと訓むのか〉
- オ
- 想像〈オモヒヤル/知新書〉
- マ
- 申文〈マウシブミ〉
- ア
- 周章〈アワツ〉
- サ
- 遮莫〈サモアラバアレ〉 任他〈サモアラバアレ/二訓知新書〉
- ユ
- 努力〈ユメ〳〵/知新書〉
- シ
- 且千〈シナ〳〵易林本、日我いろは字盡にはシ/ヤセンとあり、然らば音讀とも見られる〉
- モ
- 本自〈モトヨリ、天正本/節用集自本に作る〉 元來〈モトヨリ〉 由來〈モトヨリ/二訓日我いろは字盡〉
イロハ各部所收の語數を計算すると左の通りである。
イ | 七〇語 | ロ | 一一 | ハ | 六四 | ニ | 七 | ホ | 三七 | へ | 三四 |
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ト | 三九 | チ | 四一 | リ | 三〇 | ヌ | 無 | ル | 九 | ヲ | 二七 |
ワ | 一九 | カ | 七六 | ヨ | 一八 | タ | 三七 | レ | 二七 | ソ | 四〇 |
ツ | 一五 | ネ | 七 | ナ | 一五 | ラ | 二一 | ム | 一九 | ウ | 一〇 |
ヰ | 二二 | ノ | 一○ | ナ | 四 | ク | 七六 | ヤ | 一一 | マ | 九 |
ケ | 一○一 | フ | 八八 | コ | 六一 | エ | 三二 | テ | 三二 | ア | 二七 |
サ | 六六 | キ | 一一九 | ユ | 一七 | メ | 一五 | ミ | 二三 | シ | 一四二 |
ヱ | 九 | ヒ | 三六 | モ | 二五 | セ | 六七 | ス | 一六 |
最後の頁は丁度ス部の十六語が記されて居るが或いは今一枚があつたのでは無いかと想像せられないでも無い。蓋し、虫損の連續關係は大體は不思議な點は無いのだが、たゞ二箇だけ(第五行第三段隨兵の下と左方とにあるもの)が直接裏書皮の當紙に續くものとしては、かなりに形の相異が甚しいやうに見られるからである。