色葉文字は、漢字をば其の代表的和訓の頭字により(毒〈トク〉〈チン〉〈チク〉〈チ〉〈ゾンス〉〈ソウ〉〈ソ〉〈ゾク〉〈ゲイ〉の如き國語化した字音語では無論字音頭字による)色葉順に擧げ、さらに以の部、呂の部等の各部に於いて平聲と仄聲(また他聲)とに分類したもので、要するに色葉分類と平仄分類とを併用した簡單な漢和辭書で見方によつては色葉引韻書とも云ひ得る。

自分の見た本は古寫本一册であつて、縱七寸九分、横六寸四分五厘の袋綴本で、徳川初期刊本に普通の古色ある澁表紙(無題箋)が存するが、是れは書肆が新に添へたものであり元來は表紙は前後とも全く無かつたものである墨付は全部で六十五放、此の他册尾の綴絲の所に三枚分の殘片が存して居たとの事だから――其の殘片は、表紙をつけると、當然綴ぢ込まれてしまひ、保存して置いても甲斐が無いので、書肆は取り除いたのである――全部では少くとも六十八枚あつたのが、六十五枚だけ現存するのである。各頁を九行に分ち墨界あり、天地にも郭線がある。匡郭内は六寸八分に五寸二三分。小蟲損もある。册尾が失はれて居るので、奧書が存したか何うかは判らぬ。古寫本であるが、これを慶元頃のものと見るか、室町末のものと見るかは、人により異るであらう。さて本文は第一頁の第一行に色葉文字と云ふ首題があり、次行に「以平」とありて、

ルイ チン キン
イカツチ/ライ〉 〈同/ツイ〉 〈同/テイ〉 〈イマ/コン〉 〈イケ/チ〉 〈イツミ/セン〉
アン アン アン
〈イサコ/シヤ〉 〈同/同〉 〈イワヲ/カン〉 〈同〉 〈同〉 〈イヘ/カ〉

と云ふ風に訓の語頭をイとする漢字を一行六段づつに擧げて、字の下に、訓は右、音は左に注し(これらの體裁は全く別本のと同じである)さらに右旁に朱筆で音を示して居るのだが、此の右旁の音は聚分韻畧の室町期刊本の書入や古寫本によく見受けるところの所謂唐音の類である。さて以の平聲字は二〇行一一五字を擧げ、次行を「以仄」と標して仄字を二七行一五七字擧げて居る。以下すべて此の式であるが仄を「他」「它」に作る事もある。各部所收字數は左の通りである。(其の部の最後や又は欄外に補記したものが少しある、これらは異人別筆か、同人異時筆か判りかねるから、括弧の中に示す事とする。)

以平 一一五(一) 一五七(一) 呂平 波平 一二五(一) 一六〇
仁平 二五 二六 保平 六四 五五(一) 邊平 一〇
登平 八六(一) 一二三(一) 知平 一八 二一 (リ部立てず)
奴平 一八(一) (ル部立てず) 遠平 一〇七(一) 一八九
和平 二五(一) 五三(二) 加平 二二〇 二四七(一) 與平 六〇 六三
大平 一四五 二〇一 (レ部立てず) 所平 三三 六三
津平 一〇九 一九四 禰平 一五 二七 奈平 九〇(一) 一二二
羅平 武平 四七 四八 宇平 一〇五 一四〇
爲平 能平 四一 五四 (オ部立てず)
久平 八三 一一一 夜平 四〇 七八 摩平 七四 九三
計平 二〇 二二 布平 六〇 七三 古平 七四 八四
江平 二〇 一六 天平 安平 一六九 二一四
左平 八九 一一九 幾平 六七 七二 由平 二三 三七
女平 二七 二三 美平 七四 七一 之平 八四 一〇二
(ヱ部立てず) 比平 九六(一) 一〇七 毛平 四八 六六
世平 一五 一二 寸平 七二 一一〇

  • 平字二五九七字、仄字三三九八字、計五九九五字

ラ行ではリ・ル・レの部が無く、イヰオヲエヱでは、オヱ兩部を立てない。イヰは兩部を立てゝ居るが、イに尻〈イサライ/カウ〉 堰〈イセキ/エン〉 豕〈イノコ/シイ〉 彘〈イノコ/テイ〉があり、ヰに潼〈イヤシ/トウ〉 螽〈イナゴ/シユウ〉 怱〈イソガハシ/ソウ〉 𐎘イカリツナ〉 譎〈イツワリ/テツ(希云マヽ)〉 食〈イツワリ/ジキ〉があり、しかも皆イ字を書いて居るのだから、ヰ部を立てたのは無意味である。音訓を注するのは、主として一訓一音主義だが(他に唐音を右旁に朱記して居る)極めてまれに二訓三訓のもあり二音注のもあり、又音訓を全く注記せないのもある。音訓注の無いのは、此の本の筆者の粗漏で無いかとも思はれる。訓注ありて音注の無いのもある。所收漢字では巽字が大部仄に二度(前のには注無く後のには有り)裙字が同じ毛平に二度仄字で無い枯字が加平・加仄の兩方に見えるやうな例もある。羅平部に遺〈ラチ/イ〉とあるは誤と見られる。武仄の末行三寸程は整然と切取つてあるが、由平の第三行は一行を全部切り拔いて、別に紙を貼りつけて、本文が同筆で書いてあるのを見ると、武仄の所も恐らく、同じ樣にしてあつたのに、其の貼付の紙片が失はれたものらしく見える。

さて最後の寸仄が六十二丁裏頁で終ると、後に二行の餘白が殘り、六十三丁表頁第一行には「兩音字」とあり、次行より十六行にわたりて、六段づつに兩音字が九十一字

〈フク/カゼ〉 〈イル/ヤウヤク〉 〈ツタウ/左ー〉 〈マカス/タウ/拜ー〉 〈ツソシ/マツ〉 〈ツカル/マカル〉
〈ミツ/ミタビ〉 〈シリゾク/カクル/ー風〉 〈ムナシ/アナ〉 〈タテサマ/ホシイマヽ〉 〈ヲコル/キヤウ〉 セムル/ヲシユ〉

と云ふ風に記してある。しかして裏頁は一行空いて居るのだが、そこに「伊路葉文字〈并〉兩音之字大概記之」とある。伊路葉文字は首題の色葉文字に對しては、尾題と認めて可いと思ふ。

此の後の二丁は「諸異名」として日名、月名、元日内正月以下十二月までの異名を六十五丁裏頁八行まで記し、次行は「大歳」と標して十干の異名が閼途、旋蒙と云ふ風に横書しあり(但し癸字の下には書く餘地が無いたゞ一字分だが次行にまはつて居る、かも知れない)これで六十五丁は終り、以下の丁は失はれて居るのである。因みに斯かる附録は、川瀬氏紹介の二本には存せない。節用集や運歩色葉集には附録部分があり、十干異名の如きは節用集の或る本に見える。なほ本書は熟字を全く載せないが、附録の諸異名以下は全部熟字である。

イハホトヌヲワカナビの部の終りや欄外に、増補的に書き添へた漢字と、六十四丁裏七行に「于時今月今日」とあるものを除けば、全部一筆で、字體も體裁も殆んど別本の寫眞と同じであると云つて可い。假名字體としてはマ子せが特異であるのみ、他にが縫〈ヌウ/ホウ〉〈ホル/クツ〉の場合に珍しく使はれて居るに過ぎない。誤字は珍しくない。國語のジヂズヅの誤記は少くて擢ヌキンス、涓〈タマリミス〉クジラ、ウズクマル、カウジしか無いが、これらの中には疑問のも存する。とにかくジヂズヅの混同は少い。