草本が元和版に據つたものである事が判明したから、さらに兩者の關係を詳述して見る。先づ部首について云ふと、眞草本は元和版(及び其の親本たる慶長版)の部首と、數及び種類に於いて一致して居り四百七十七部であるが、順序に於いては、僅か二箇處の相異がある(部首に關して「玉篇の研究」には眞草本が増補本――即ち寛永五年に増補せられて五百四十二部と成つた本――より後れて出ながら、元の四百七十七部に還つた事を、「時代に逆行」したと説いて居られるが是れは眞草本の初刊を、寛永二十年であると認められたからであるが、事實は眞草本寛永四年九月に出て居り増補本は翌五年建丑月十二月の刊行であるから、眞草本は決して時代に逆行したものでは無いのである)。即ち眞草本は、草體が加はるため、元和版が一頁七行であるに反し、一頁五行と成つて居り、其の上文字の増補があるので、勢ひ紙の分量で云へば、八對五の關係で増加し、元和版のやうに三卷の儘ではすまされなくなるから、眞草本では五卷五册と成り、其の部首の各卷配當は

第一卷 一一より足七十一まで。八十三丁、他に目録一丁
第二卷 骨七十二より木百四十五まで。七十七丁、他に目録一丁
第三卷 林百四十六より叕二百四十八まで。七十六丁、他に目録二丁
第四卷 車二百四十九より燕三百三十九まで。七十七丁、他に目録二丁
第五卷 鳥三百四十より亥四百七十七まで。七十六丁、他に目録二丁
目録八丁、本文三百八十九丁〈元和版は目録八丁/本文二百三十五丁〉

と云ふ具合であるが、眞草本第二卷の最初が、「骨〈七十二〉〈七十三〉」の順であるに對し、元和版は其の逆であり、眞草本第三卷の卷首は「林〈百四十六〉〈百四十七〉」であるのに對し、元和版はこれ亦其の逆であると云ふ僅少の相異がある。何故第二、三の兩卷々首に於いてのみ斯う云ふ部首順序の相異があるのであるかは判明せない。

次ぎに本文は何う云ふ樣子であるかと云ふに、元和版では部首字を擧げるのに、慶長版同樣二枠を占めて居るが眞草本は一枠しか占めて居ないから、勢ひ其の空白の枠には、然る可き文字を挿入して、次行以下の文字群の位置が一字づつ繰上げに成るのを防ぐのが常だが、一部首所屬文字群の數が僅少である時は、繰上げもして居る。但し一概には云へない。とにかく文字の順序は殆んど元和版と同じだが、ところ〴〵で文字を變へ、(一例を鳥部で探ると六字が取りかへられて居る、又文字の上下の順を改めて居るのが一例あり)たりする事もある。扁旁の形を少し改めて居るものもある。しかして文字群についての最も大きな相異は、一部首所屬文字が、其の所屬文字群の末尾で、夥しく増補せられて居る事であり、第五卷で著名なる例を擧げると、

〈三百四十〉 十行三十七字
〈三百四十六〉 七行二十八字
〈三百四十九〉 十五行六十字
〈三百五十四〉 三行十二字
〈三百五十五〉 六行二十四字
〈三百六十二〉 五行二十字
〈三百六十七〉 十五行六十字
〈三百六十八〉 三行十字
〈三百六十九〉 十六行六十二字
〈三百七十六〉 五行十九字
〈三百七十八〉 十四行五十六字

と云ふ風に増加して居る。しかして此の増加した文字の數や種類や順序は、翌年の寛永五年十二月に出た増補本とは無關係である。

次ぎに訓注を元和版と比較するに、大體は元和版と一致するが、少しは相異もある。其の相異と云ふ中にも、元和版の訓注を除いたものは極めて少く、第五卷について云へば〈向つて右は元和版の丁數、左は眞草本のもの〉

〈二七ウ五/三ウ一〉 〈アヲ/馬ノアラン〉
〈二九ウ四/七オ二〉 〈サル/アメ〉
〈四一ウ七/二六ウ四〉
×(旁は建/扁は革)〈四六オ一/三四オ二〉 ヤブクロ(其の代りにヤヒツの訓あり)
×(般の下に革)〈四六オ一/三四オ二〉 ウワヲビ(其の代りにオホヲビの訓あり)
×(攸の下に革)〈四六オ二/三四オ三〉 クツハヅラ(其の代りにクツハミ/クツワの二訓あり)
〈四八ウ七/三九ウ五〉 ヘリ
〈五一オ七/四三オ五〉 カサヌ(共の代りにカサナルあり)
〈五一ウ三/四三ウ三〉 アガル
〈五二ウ一/四六オ五〉 ノツトル、ノリ、タツトシ(眞草本タツトブ、ツネの二訓あるのみ)
〈五六ウ五/五二ウ五〉 ヲヽツ
〈六一オ一/六〇オ四〉 ケイクワイ
〈六二ウ三/六二ウ三〉 ラル
〈六二オ三/六一ウ四〉 ヲヽブクロ
〈六四オ三/六五ウ二〉 スグナリ(元和版にはスグナリが二度も書いてある故(慶長版には然る事無し)一つを除きたるものなり)

の如き例がある位だが、訓を増した例は甚だ多い。例へば革部で擧げると

×(旁は叉/扁は革)〈四六オ三/三四オ四〉 ヱビラ
×(旁は畺/扁は革)〈四六オ四/三四オ五〉 ヲモツラ
〈四六オ六/三四ウ二〉 クビノカハ、ツヨシ
×(旁は皮/扁は革)〈四六オ六/三四オ二〉 ウハシキ
×(旁は茸/扁は革)〈四六ウ三/三五オ一〉 カザリ
〈四六ウ六/三五オ四〉 ムナガヒ
×(旁は免/扁は革)〈四六ウ五/三五オ三〉 クツ

の如くであり、其れ以後の文字について云ふと、糸部では二十九字につき、一訓二訓、時には三訓を補ひ居ると云ふ状況である。以て訓注増補の有樣を察するに足るであらう。