五
なほ眞草本が元和本の本文、但し主として訓注を破壞して居るか、其れとも訂正して居るかを檢するに、すでに眞草本の親本が元和版であるか何うかを考へる時に述べたやうに、元和版の良くないところを訂正して居る事が多い。なほ然う云ふ例としては次のやうなものがある。(右は元和版丁數、左は眞草本のもの、但し甲丙二本につき云ふ。上が元和版の誤で、下が眞草本の正しい訓である。)
×(労は鳥/扁は句)〈二六オ七/一ウ二〉 | スエ | ヌエ |
鴛〈一六ウ二/一ウ四〉 | ラシ | ヲシ |
×(旁は隹/扁は賓)〈三〇オ五/七ウ五〉 | コスヾヌ | コスヾメ |
×(旁は叚/扁は魚)〈三一オ六/九ウ一〉 | ユビ | ヱビ |
鯽〈三二オ六/一〇ウ五〉 | カツラ | カツヲ |
×(旁は兆/扁は魚)〈三三オ四/一一オ二〉 | ヲホナマズ | 大ナマヅ |
鼷〈三三ウ七/一三ウ四〉 | コネヅミ | コネズミ |
蚖〈三五オ一/一五オ四〉 | トカヂ | トカゲ |
蚯〈三五ウ七/一六ウ二〉 | ミ〳〵ズ | ミヽズ |
×(旁は堇/扁は虫)〈三八ウ四/二〇ウ一〉 | ミ〳〵ズ | ミヽズ |
×(旁は憲/扁は虫)〈三九オ七/二一ウ一〉 | ミ〳〵ズ | ミヽズ |
賜〈四〇ウ三/二四ウ三〉 | ウチタマハル | ウケタマハル |
鞋〈四五ウ七/三四オ一〉 | ハランヂ | ワランヂ |
×(旁は及/扁は革)〈四六ウ二/三四ウ五〉 | ハキモク〈クでもないが誤字である〉 | ハキモノ |
×(旁は毚/扁は革)〈四七オ五/三五ウ五〉 | クフ | クラ |
×(旁は内/扁は韋)〈四七ウ五/三八オ二〉 | ヤウラカ | ヤワラカ |
×(旁は番/扁は韋)〈四八オ三/三八ウ一〉 | ムヲガル | ムラガル |
縁〈四八ウ七/三九ウ五〉 | フキ | フチ |
×(旁は弗/扁は糸)〈五〇オ七/四二オ一〉 | 棺字を手扁に作る | 正し |
織〈五一オ三/四三オ一〉 | 音シヨフ | シヨク |
糾〈五一ウ三/四三ウ三〉 | 音ケウ | キウ |
×(旁は無/扁は巾)〈五三オ二/四七オ三〉 | 音ニ | コ |
跋〈五六オ六ノ一/五二オ四ノ一〉 | 此の字は複といふ字であるが、慶長版、元和版は妙な旁とし、眞草本は正し。 | |
×〈五八オ三ノ三/五四ウ四ノ三〉 | 此の字は衣扁に斗を書いた字だが、慶長版に於いて妙な形と成つて居るから、元和版はさらに爿に似た形に誤つて居る、其れを眞草本は斗に改めて居る(但し點が一つ多い) | |
却〈五八ウ五/五七オ一〉 | カエテ | カエツテ |
×〈五九オ四ノ三/五七ウ二ノ三〉 | 音カウ、メグルの字は、勹の中に合を書いた字である可きだが慶長版も元和版も誤つて居るのを、眞草本は訂して居る、尤もカフが正しい。 | |
寽〈六〇ウ三/五九ウ四〉 | 音ケツ | ラツ |
圃〈六二オ六/六二オ四〉 | 此の圃字、元和版は甫を誤つて居るが〈慶長版の中、有・單は正し〉眞草本は訂して居る。 | |
×(囗の中に有を書く)〈六二ウ三ノ四/六二ウ三ノ四〉 | ソク | ソノ |
亡〈六四オ五/六五ウ三〉 | ウシナラ | ウシナウ |
乍〈六四オ六/六五ウ四〉 | ナガフ | ナガラ |
分〈六五ウ四/六七ウ三〉 | カギキ | カギリ |
×(旁は巴/扁は帚)〈六七ウ一/七〇オ三〉 | クツ | ウツ |
孫〈六八オ七/七一オ五〉 | 音フン | ソン |
×(旁は禹/扁は子)〈六八ウ一/七一ウ一〉 | ヒナリ | ヒト〈但し甲乙はヒトリにつくり、丙はヒチリに誤る〉 |
×(旁は麗/扁は酉)〈六九ウ七/七三オ五〉 | ニゴリサ | ニゴリサケ |
斯かる例は今少々ある。垂〈上六オ七/一ノ六ウ七〉の如きは慶長版のタルヽを元和版がタヽルと誤つたので、眞草本は是れをカヽルの誤だらうとして訂正して居るのである。
だが此の反對に元和版の本文を破壞して居る例も無論少しではあるが存する。
×(元の下に黽を書く)〈三九ウ四/二三オ五〉 | カハウソ | カハウヲ |
贏〈四〇オ五/二四オ三〉 | アマリ〈餘分の利〉 | テマリ |
綜〈五一オ二/四二ウ五〉 | 音ソウ | ソク |
帖〈五四オ一/四八ウ一〉 | タヽム | クヽム |
×(旁は圭/扁は衣)〈五五オ七/五一オ一〉 | モスソ | ミスソ |
肆〈五九ウ一/五八オ三〉 | ユヽシ(慶長版の如くユルシとある可きもの) | コシ |
回〈六二オ六/六二オ四〉 | カエル | カイル |
×(囗の中に元を書く)〈六二オ六ノ二/六二オ四ノ二〉 | 〈此の字、慶長版や元和版にケヅル・ツブルの二訓がある、元來圭角が無くなる義だから、ツブルは |
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弗〈六三ウ三/六四ウ五〉 | ワシ・ズ | ワシス(慶長版ではズとワシは二行となり居り割注である、これを元和版は、接近させたのでワシズが一語のやうに見えるに至つたので、眞草本はズの濁點をとり、完全にワシスの一語としたのであるそれにしてもワシの訓の意味は判らない) |
此の他、甲丙二本の中の何れかゞ誤つて居るやうな例は後で述べる。