二〇 鬚髻(六)

○二〇 鬚髻(六)  上栗兪反、×毛也、倭云加末智乃比偈カマチノヒゲ、又花蘂之本也、髻髮也(×〈旁は頁/篇は片〉
鬚髻の語は慧苑に見えない。經文にも卷六に此の二字が續く例は無いやうだ。二十九丁裏下八三十一丁表下十七があるから、此の二字を並べ擧げたのであると思はれる、鬚は元來は須で可いのだが顏の毛だから鬚と成つたのである。音栗兪反は粟兪反の誤だらう。新撰字鏡相兪反宋本玉篇には息兪切とある。×字は康熈字典には片部にも頁部にも見えないが、新撰字鏡・會玉篇・類聚名義抄・字鏡集等にも見えないから、恐らくは頤字などの異體字であらう。加末智はカマチであらう。上下の顎骨を意味するのだが、頬骨(顴骨)までも意味する事がある、だからツラガマチとも云ふ。カマチはカハチとも云はれるやうに成つた。即ち新撰字鏡には加波知が三度見え、和名抄加波知二卷本や三卷本色葉字類抄カハチである。ハは此の頃は輕唇音ファであつたのだから、重唇鼻音マが輕唇音ファと成りても不思議では無い。しかしてカハチは、此の後カマチの方が再び優勢と成る。但しカマチ・カハチが併用せられて居たのか、カハチと成りきつて居たのがカマチに返つたのかは材料が乏しいので判らない。カマチの假名書例は珍しいが、ヒゲは萬葉卷五の貧窮問答歌「しかとあらぬ比宜ヒゲかき撫でて」とある。比偈の假名も正しい。石山寺大智度論天安二年點方頬車カマチ