四〇 邊呪語呪(一四)

○四〇 邊呪語呪(一四)  古經云、鬼神邊地語、佐比豆利サヒヅリ
慧苑に見えない。經文〈七〇オ上尾四〉に、衆生邪教を信じ惡見に住し、衆苦を受けるを見て、菩薩が方便により妙法を説き、悉く眞實諦を解する事を得しむる例の一つとして、誠邊呪語説㆓四諦とある偈句から、右の語を標出したのだから、下の呪字は衍字である。古經云とあるは、古經(舊譯クヤク)の六十經との相異を云つたのであり、邊呪語に相當するを、古經鬼神邊地語と書いて居ると云ふ事である。故に邊呪語がサヒヅリに相當するのである。邊土の人間をば彼等の使用する鴃舌を以て説法すると云ふのである。さてサヒヅルの語は、萬葉集に、佐比豆留夜辛碓爾舂カラウスニツキ一六雜豆臘漢女サヒヅラフアヤメと云ふ風に、カラ(韓・唐)・アヤの枕詞と成つて居る。ヒの假名も比で可いのだらう。サヒヅルは後にサヘヅルと變じ、新撰字鏡では四例ともサヘヅルである。此のサヒヅルヤ、サヒヅラフに似た枕詞に、言佐敝久辛乃埼コトサヘクカラノサキ言左敝久百濟之原コトサヘククダラノハラ〈何れも萬葉集のコトサヘグがある。又應神紀三年十一月條に、處々の海人アマが命に從はなかつたのを、阿曇連祖大濱宿禰に鎭定させられた事があるが、其の海人の命に從はなかつたのを佐麼賣玖サハメクと註して居り、これはガヤ〳〵と口々に喧嘩する義であると云はれて居る。按ずるに是れらのサヒヅル・コトサヘグ・サハメクのサヒ・サヘ・サハは理解の出來ぬ鴃舌で喧嘩する聲を寫したのでは無からうか。