九七 狐狼(二七)

○九七 狐狼(二七)  上扈反、倭言岐都禰キツネ、又狐×〈旁は爰/篇は言〉獸鬼所乘、有㆓三徳㆒狐疑不定也、狼音良、訓似㆑犬、倭言大神オホカミ
慧苑に無し、扈反は反切の下字が落ちたのでは無く、單字で音を示したのだらう、音や訓を示すのに反と書く事は珍しく無い。本書に「墮音豆伊ツイ反」、「徹、音天智テチ反」とあるなどは其れである。×字は徂徠の號に見える字だが誼に同じ。こゝは何と讀むか判らぬが、箋註和名抄キツネの條所引説文には、妖獸也、鬼所㆑乘、有㆓三徳㆒に作つて居る、其れならば判る。訓似犬也の訓字は無い方が穩當。大神はオホカミであるが假借では無い。欽明紀の卷首秦大津父ハタノオホツチの條に狼を貴神カシコキカミと云ひ萬葉集のアスカノ眞神マがミ之原、大口ノ眞神之原のマガミも大神の事だと云はれて居る。しかし學者により、日本には狼は居ず、オホカミと云ふはヤマイヌの事だと云ふ人もある。何時だつたか大阪城内で催はされた萬葉集關係の展觀に、マガミだとして山犬が出て居た。とにかく、狼が山犬(犲)であるか何うかは別として、大神がオホカミと訓む可きであるは云ふまでも無い。大神は下の一三〇にも見え、前田家本雄略紀五年條にも豺狼オホカミとある。さてキツネは古い假名書は見當らぬが、靈異記上第二話に、狐の化して女に成つて居るのを妻として子を生ませた夫が、狐が逃げた後で、始終來て寢よと云つたので、狐も其れを實行した故名㆓岐都禰㆒などと見えるが、とても信ぜられぬ話である。鳴聲に基く名であらう。本草和名、和名抄はキツネだが名義抄にはクツネの語も見える。現在では無知のものゝ間ではケツネと訛して居る。