四 字音假名索引
音義私記使用の一字一音の假名のみを擧げ(一字二音の音假名は無く字訓假名と見る可きものも無い)それの使用せられて居る語の番號を記した。但し五十四の「去末爲耳」は意味不明だから省略し、また大治本の用字も全部除いた。濁音假名は確かなものだけを濁音假名であると明記したのである。なほ清濁を主とし、特殊假名の甲乙類の別は多少加味したのみである。
カ
キ
ク
グ
- 具
- 九二〈フサグ〉
ゲ
- 偈
- 二〇鬚
ビ
- 鼻
- 一一三〈クビ〉
メ
ヲ
さて此の假名索引につき一言するに、何分倭訓が少く、從うて假名の量も少いため(例へばア行のエ、メ、ヰの如きは一度も使用せられて居ない)。統計的な意見を述べても、妥當でありさうでも無いが、とにかく統計に表はれた表面的な事實を指摘するに假名の種類に於いて、珍しいものとしては
- 伊(七例)、世(僅か四例)、天(六例)、奴(僅か二例)、波(一五例)、閇(僅か四例)、牟(二〇例)、毛(七例)、夜(五例)、由(六例)、與(五)、良(一三)、禮(僅か三例)、呂(九例)、乎(僅か二例)
は各一種類にて、用例の多いイ・テ・ハ・ム・モ・ユ・ヨ・ラ・ロ等には單用の傾向を看取し得る。安の優勢も奈良朝末期的だ。次ぎに假名の清濁の差別については、
何 (五例)、我 (一例)、具 (一例)、偈 (一例)、後 (一例)、自 (二例)、士 (一例)、受 (四例)、序 (二例)、太 (一〇例)地 (一三例)、豆 (一二例)、土 (二例)、鼻 (一例)、夫 (七例)
等が濁音假名であると信ぜられるが、用例の少いものは、實は明言しかねる。清音假名であり乍ら、濁音假名として使はれて居るものもある。とにかく清濁の事は、其の文字の本來の字音としても一概な事は云へず、今日の清濁から準ずる事も躊躇せなせればならぬのであり、中々決定は困難である。
次ぎに特殊假名遣に關したものについて考察すると、
- ○ア行のエ、ヤ行のエの事は、ヤ行のエが見えて居るのみだが、假名遣としては正しい。
- ○キは乙類の奇(二例)は正しいが、甲類の伎岐技は、正一七例、不正無、不明四例である。
- ○ケは乙類のものしか無く、偈は正、氣は三例正しく、氣夫利(煙)マケ(目病)は正しいらしい。
- ○コは甲の古四例正、肥・ア後エ正か、古シラフ不明。乙の己は五例とも正し。
- ○ソは甲の祖一つ正、他も正と信ぜられる、乙の曾は二例正、マ曾キ・曾曾ロケシは正か、オロ曾カ不明。序は何れも溝を美序と書く、恐らく正しいと思ふ。
- ○トは甲の斗刀土度の中、斗二例〈共にムラド〉は正、刀は一例正、不正三例、不明二例〈但し正か〉、土の二例は正しく、度の一例は不明〈但し正か〉。乙の止は二例正、一例非か、等は一例正しく一例誤る。トには誤例が四例又は五例あるは注意すべきである。
- ○ヌは二例、何れも正し。乙の奴のみ。
- ○ヒは、甲の比・鼻の中、比は十二例正、不正はヒギ一例、不明は七例四語、鼻は一例だが不明、乙の飛非は三例あるが何れも
粒 に關した語であるのを見ると、正しいのだらうと考へられる。 - ○ヘは閇字單用だが、其の中二例正しく、二例は不明である。
- ○ミは甲の彌美は、兩者で十例(七語)正しく、美字のシキ美一例は不明である。なほ乙の未はムカタ
未 ズに見え假名は正しいが、自分はムカタ末 ズの誤だと信ずる。 - ○ヨは與字單用にて四例(與ロヒの一語)正し、オ與ボス(及)の一例は不明である。
- ○ロは呂單用にて、五例二語(ヨロヒ・マロガス)正しいが、他の四語は不明である。
要するに、本書に見えぬメを除いたエキケコソトヌ(ノ)ヒヘミヨロの使用は、正しいもの、又は正しいと信ぜられるもの八十九例で、積極的に誤の指摘せられるのはトの四五例と、ヒの一例、計五六例に過ぎない。不明の三十二例が存するが、他と比較できるものに於いて八十九例まで正しいとすると、此の不明例も、大部分が正しいのでは無いかと想像せられる。〈八例程は正しいと思ふ〉從うて此の音義私記の製作もやはり奈良朝末かも少し溯り得るかも知れないと云へるやうにも思はれる。
以上は音義私記の假名について云つたのだが、參考までに、大治本の假名を檢するに、全部で廿言の中特殊假名遣に關係ある次ぎの八語では
- 石太々
美 奴 弖 爾波彌 知 火岐 利比 岐 〈火杵なるべければ比は不可〉 乃富岐 利 尼古 〈猫、古は子なる可し〉 多々既 〈狸、ケの假名不明〉
の如くであり、七字まで正しく、タタケのケの一字不明、誤字は比岐(