自分は今までに、屡〻、名語記は語原解釋の書、語原辭書であると云つたが、其れはもとより常識的な意味で云つたのである。名語記の語原解釋を紹介するに當り、一言斷つて置く。
さて名語記がナ(名)やコトバ(詞)のユヱや、オコリを説く際の方法・方針は、第一卷の總論の卷に存したのであると信ぜられるが、其の第一卷の佚亡してしまつて居る今日では、本書の實際の解釋例を閲して知る外は無い。其の結果知り得たものは、左の如くである。

(一)

第一は、音が通ふと云ふ現象で説明するものであり、〈カヨフもとは其れに似た語を使はないものも無論ある「ケヤウヲカヤウトイヘル歟」の類である〉平安朝の明覺以後、普通は相通とか通用とか音通とか云はれるものだが、是れには五十音圖に基いて云ふと(甲)竪に同行通ずるものと(乙)横に同列通ずるものとの二大別を認めて居るので、名語記では次ぎのやうな術語で説明せられて居る。

〔甲〕

同行通ずるとするもの

(イ)
「五音竪通」「五音〈ノ〉竪通シテ」と云つて居るもの。

  • ○次、トモシビナドニヨセ〈テ〉ホカゲ、ホノヲ〈ナド〉イヘルホ如何、コレハヒノ字〈ヲ〉ホトイヘル也、ハヒフヘホノ五音堅通スレバ也(二帖)
  • ○「ヒ〈ヲ〉フトイヘル〈ハ〉五音竪通」(十帖日限事の條)
  • ○木ヲコトイフハ、コレハ反〈ニハ〉〈ズ〉五音〈ノ〉堅通シテキ〈ガ〉〈ト〉イハルヽ也(二帖)

(ロ)
單に「竪通」と云つて居るもの。

  • ○フトヒ〈トハ〉竪通ニテカヨヘル也(九帖イモウトの條)
  • ○手〈ヲ〉ツネ〈ニ〉タトイヘリ、如何、コレハタチツテト〈ノ〉五音便宜〈ニ〉ヨリ、イヒカヨハサルレバ也、竪通トタテ申セルコレ也(二帖)(竪通トタテ申セルコレ也とあるから、此の竪通の事は、第一卷に、其の説明があつたものと見なければならぬ)

(ハ)
「五韻通ズ」と云つて居るもの。

  • ○五韻通ズレバ、ウ〈ハ〉〈ト〉イハルヽ也(二帖、得の條)(動詞の活用を音通で説明して居るのである)

(ニ)
悉曇の摩多で「某ノ摩多〈ニ〉コタヘテ」「某ノ摩多〈ニ〉ムケテ」などゝ説明して居るもの。

  • ○常葉トカキテ、トキハ〈ト〉ヨメリ、如何、答、常〈ハ〉ツネ也、トコトヨメリ、トコハ〈ヲ〉トキハ〈ト〉イヘル也、常〈ヲ〉トコトヨメル〈ハ〉、ツネ〈ヲ〉反ヒバテ也、ツネケヨ、ツネコロ〈ノ〉反ハ、テコ也、テコ〈ヲ〉トコ〈ト〉イヒナセル也、イヅレモミナ、コハキコトバゝ、ムカヒ〈ヘ〉ハネテ、アラヌ字〈ニ〉ナル也、但五音〈ノ〉アイウエヲ〈ヲバ〉ハナレズ、摩多〈ニ〉コタフトイヘルコレラ(七帖)(摩多〈ニ〉コタフと云ふ事の説明も第一卷にあつたらしい)
  • ○去年〈ヲ〉コゾトイヘル〈ハ〉キノトシ也、甲年也、キ〈ノ〉〈リテ〉コトイハル、トシ反リテ、チ〈ト〉ナル、コチ〈ト〉イフベキ〈ヲ〉〈ガ〉同韻〈ノ〉〈ニ〉ウツリテ、コシ〈ト〉ナル〈ガ〉又九〈ノ〉摩多〈ニ〉コタヘテ、コソ〈ト〉イハレヌル也、摩多〈ハ〉アイウエヲ〈ノ〉五音同事也、ア〈ハ〉〈ノ〉摩多、イ〈ハ〉〈ノ〉摩多、ウ〈ハ〉〈ノ〉摩多、エ〈ハ〉〈ノ〉摩多、ヲ〈ハ〉〈ノ〉摩多也(十帖「年限事」の條)
  • ○七帖ナヌカ(七日)の條に「ナヽカ〈ト〉イフベキ〈ガ〉〈ト〉〈トハ〉五音竪通シテ、五〈ノ〉摩多〈ニ〉ムケテ、ナヌカ〈ト〉ナル也」(七帖イロコの條にも摩多ニムケテの例がある)
〔乙〕

次ぎに同列相通ずる場合は次の如くに云つて居る。

(イ)
「同韻」と云つて居るもの。

  • ○ヲ〈ニハ〉弓ノツルソ、紙〈ニハ〉カウゾ、山ソ〈ナド〉イヘルソ如何、ヲトソトハ同韻ナレバ、イヒカハセル歟、又ソハシロノ反、代ノ義也(二帖)
  • ○丹生・竹生島などのにつきて、ウム又はイクの反がウとなつた事を述べ、さて「ウトフトハ同韻ニテ、ツネニヨミカハスニヨリテ、チクウ〈ヲ〉チクフトイヒナセルナリ(二帖)
  • ○カシヅク人〈ヲ〉イマス如何、オムマス、御坐也、ウマス〈ヲ〉イマス〈ト〉イヘルニヤ、又云、ミマス〈ヲ〉イマス〈ト〉イヘル歟、同韻〈ノ〉ウツリ例マヽ(七帖)
  • ○コロモデはコロモソデ反りてコロモセと成つたのだが「コロモセ〈ガ〉コハクテ同韻ノテ〈ニ〉ウツリテ衣手〈トハ〉イハルヽニコソ」(二帖)
  • ○カンダチメ(上達部)はカンタチベだが「ツヾキ〈ノ〉イヒニクヽシテ……同韻ノ隣〈ノ〉〈ニ〉ウツレル也」(二帖)
  • ○卅日〈ハ〉ミトカ〈ト〉イフベキ〈ヲ〉舌ツキ〈ノ〉イヒニクケレバ同韻〈ノ〉〈ニ〉ウツリテミソカ〈トハ〉イハルヽ也(十帖「員數事」の條)

(ロ)
「同韻相通」と云つて居るもの。

  • ○モチ……ソノモ〈ヲ〉〈ノ〉同韻相通ノ義ニテ、ヲチ〈ト〉イヒカヨハセルニヤ……(十帖員數事。完全な引用文は(三)

(ハ)
「傍韻相通」「横通」と云つて居るもの。

  • ○横通ハ同韻〈ノ〉ミナ通ゼル義也、傍韻相通トモ申セル同義也、第一卷〈ニ〉シルセルガゴトシ(第十帖「日限事」シアサテの條)

(ニ)
此の横通の一種として、特にワとハとの相通を認めて居る。

  • ○ワ〈ト〉〈トハ〉ツネ〈ニ〉通ゼリ、但ハ〈ト〉イフベキ〈ヲ〉〈ト〉イヒナス事ハ、ナベテオホシ、ワ〈ヲ〉〈ト〉イヒナス詞〈ハ〉スクナケレドモ、ソモ例ナキ〈ニ〉非ズ、イハユルワヅカニ〈ト〉イヘルコト〈ヲ〉ハツカニ〈ト〉イヒ、板ナドノヒワレタル〈ト〉イフベキ〈ヲ〉ヒハレタリ〈ト〉イヘル風情也……(三帖ハセの條)しかし斯う云ふ類は是れだけにて、ナ行ラ行の相通の如きは、稻荷イナリ〈第二帖リの條〉につきて「イナニトイフベキヲ、イナニ〈ガ〉舌ツキテイヒニクケレバ〈ガ〉同韻ノ隣ノリ〈ニ〉ウツリテイナリトイヘル也」と云つて居るだけの事である。
〔丙〕

此の同行相通と、同列相通との折衷せられた形のものを、「轉通」と稱し一類として居る。例へばナニハ〈ヲ〉難波〈ト〉カケリ、難〈ニ〉ナニノヨミアル歟、如何、答、ム〈ガ〉ニヽカヨフ例オホシ、第一卷ノ轉通ノ所ニミエタリ(七帖)の如きだが、

  • ○問、國ノイナバヽ因幡〈ト〉カケリ、イムハム〈ト〉ヨムベキ〈ニ〉イナバ如何、答、イムハムトヨムベキ〈ヲ〉〈ノ〉所ヲナトイヒナセルナリカヤウノ傍例ハナハダオホシ、イム〈ノ〉〈ハ〉ニヽカヨフ、イニハトイフベキ〈ヲ〉イナバ〈ト〉云ヘリ(七帖)
  • ○問、國〈ノ〉ハリマ〈ハ〉マヽ〈ト〉カケリ、ハムマ〈ト〉イフベシ、ハリマ如何、答、ハムマ〈ガ〉コハクテ、スヱノ字〈ニ〉ヒカレテ、ム〈ガ〉〈ト〉イヒナサルヽ也、上ノ字〈ニ〉ヒカレ、次ノ字〈ニ〉ヒカレテ、聲〈モ〉タガヒ、アラヌ音〈モ〉イデクルツネノコト也、スムガ〈ヲ〉スルガ〈ト〉イヒ、サムキ〈ヲ〉サヌキ〈ト〉イヒ、タムマ〈ヲ〉タヂマナドイヘル、コノ風情也(七帖)

の如きも著者に從へば轉通の例であらう。