(二)

音が省略せられると云ふ現象で説明するもの。これには明瞭に「略」と云つて居るものと、其れに似た語を使用して居るものとがある。

(イ)

「略」と云つて居るもの。

  • ○不審スル詞〈ニ〉ドレゾ〈ト〉イヘルドレ如何、答、イヅレ〈ヲ〉〈ヲ〉略シテ、ドレトハイヘルニアタレリ(三帖。はじめと尾とのドレには墨にて左傍に指聲符が施してある。共に上位、トは二點。指聲符は單點又は二點を文字の左傍に、上位、下位の何れかに施すものだから、右のやうに注記したのである)
  • ○蓮ノ字〈ヲ〉ハス……蜂ノ巣〈ニ〉蓮實〈ノ〉スガタ〈ノ〉アヒニタレ〈バ〉ハチストハナヅケタル也、ハチス〈ヲ〉略シテ、ハストハイヘルニコソ(三帖)
(ロ)

「略」とは云はないが「イヒケチテ」「イハザル也」「イヒカクシテ」「トリテ」などと、其れに似た云ひ方をして居るもの。

  • ○曉ツクル八音ノ鳥ノ一番〈ヲ〉ハトリ〈ト〉イヘルハ如何、ハツ鳥トイフベキヲ、ツ〈ヲ〉イヒケチテ、ハトリトイヘル也、初鳥ノ義也(二帖)
  • ○ドレゾ・ドコゾ〈ナド〉イヘルド如何、コレハイヅレゾ・イヅクゾ〈ノ〉〈ヲ〉イハザル也(二帖)
  • ○祭ノ棧敷ナドニ、カノコトテ、景物メカシタモテナスカ如何、ソレハ、カリトイヘル鳥ノ卵也、カリノリヲイヒカクシテカノコ〈ト〉イヘルナルベシ(二帖)
  • ○鼠ヲネトバカリモイヘリ、如何、コレハ、ネズミ〈ト〉イヘルガ、コトナガケレバ、ハジメ文字ヲトリテ、ネトバカリイヘルニコソ、又云、ニゲノ反ネ也、人〈ニ〉ニゲカクルレバ也(二帖)
(ハ)

全く何とも云はないもの。

鯉ニハオナモト、馬ニハオナカミ〈ナド〉イヘルオナ如何、答、オナ〈ハ〉項也、×〈○希云止を篇とし、音を旁とした文字〉モカク歟、オナジ〈ヲ〉オナ〈ト〉イヘルナルベシ、但ウナジ〈ト〉イハヾ、ウナジトウナ髮ナルベシ

要するに、此の諸例によりて、「略」すると云ふ中にも詞の上部・中間部・下部を略するものゝある事、云ひかへれば上略・中略・下略のある事を認めて居た事が判る。