• ○人ノイフ事〈ヲ〉キカズシテ、ツヽラ〈ト〉アリトイヘル如何、コレハツク〳〵ラカノ反〈七帖〉 目の状態に關するツヾラカと云ふ語は靈異記や新撰字鏡に見え、又ツヾラメは世尊寺眞本字鏡、類聚名義抄、字鏡集にも見えるが、ツヽラは見えない。ツヽラカ・ツヽラメは目を圓く見張る事であるが、名語記では少々意味が變じて居るらしい。〈字鏡集一一二二頁にはツヾヤカニシテと云ふのも見える(尤も索引には漏れて居る)〉
  • ○ヂヤラキタナ〈ト〉ワキカク詞ノチヤラ如何、答タリヤカラヤ〈ノ〉反、身ノタリタルマヽニ人〈ヲ〉安平ガルヨシ歟〈七帖。チヤラには左旁に朱筆指聲符あり、共に下位、チは二點〉 キタナは汚シであらう。安平ガルは安ッポク見ルに當るだらう。ヂヤラは擬態語かも知れない。
  • ○小兒ヲヨビヨスル詞〈ニ〉トコ〈ト〉イヘル心如何、トコ〈ハ〉チゴヽヨ〈ノ〉〈三帖〉 トコは鷄などを呼ぶ時の聲の類で無意味であるのか、コにヨの意味があるのかは不明。
  • ○ワラハベ〈ノ〉コマツブリマハス時、チバヲツクル如何、答、チバヽ地場也〈三帖〉 コマを舞はす場所を云ふらしい。
  • ○馬ノアセリサハグ〈ヲ〉チタメク、チタ〳〵〈ナド〉イヘルチタ如何、答、チタ〈ハ〉ツリツナ〈ノ〉反、綱〈ヲ〉ヒキツリタル時、タヘガタガリテ、チタメク也、人〈ノ〉足ズリシテ、チタメク〈モ〉〈ニ〉准ジテイヘルナルベシ〈三帖〉 チタメク如何、コレハ馬ノフルマヒ也、チタ〈ハ〉ツリツナ〈ノ〉反、綱ヲツリヨスレバ、ワビテチタ〳〵トスル義也〈九帖〉 此の説明から察すると、今のタジ〳〵と似た擬態語らしく察せられる。
  • ○カシラナドツヨクウタレテトクルメクトイヘルト如何〈二帖〉
  • ○タカタニ〈ト〉イヘルタ如何、コレハタメニトイフ心トキコエタリ、タメ〈ヲ〉反セバ、テ也、ソノテヲタトイヘルニヤ〈二帖〉
  • ○アラヽカナルコト〈ヲ〉ヅハシタナシトイヘルヅ如何〈二帖、ヅの濁點は左旁の指聲符として存し、點の位置は中間の如くに見える〉
  • ○物ヲクヒテツエフトイヘルツ如何〈二帖〉物ヲクヒテツヱフ〈ト〉イヘリ如何、答、タル反セバツ也、ヱフハ醉也、アマリ〈ニ〉腹中ニイヒミテツレバツヱフ也〈七帖〉
  • ○蟹ノナカニカニ〈ト〉イハルヽ心如何〈二帖〉 國語辭典が用例を擧げずに、津蟹として説明して居るものゝ事か。
  • ○馬ノワロキヲツメ〈ト〉ナツク如何〈二帖〉
  • ○勝負ノコトニ持ヲドロ〈ト〉ナヅク如何、ドロ〈ハ〉トモラヨ〈ノ〉反、トモ〈ハ〉ヒトシキ義ナルベシ、又持ノ理ヲ反セバトロ也〈三帖/トロには指聲符が存し、兩者とも點の位置は下位、トは二點〉
  • ○バクチバ〈ト〉イヘルトバ如何、答、トバ〈ハ〉外場也〈三帖、トバには指聲符あり、トは上位、バ下位二點〉 バクチバ、トバ何れも國語辭典に解が見えるが、古い用例を擧げてない。
  • ○トヽハシル如何、答、ホトバシル〈ト〉イヘル同事ニヤ〈ト〉存ジ侍ベリ、跳ノ字ノ義也〈十帖〉
  • ○無骨ナル事〈ヲ〉タチキナシトイヘリ如何、タツキナシ也、タツ〈ハ〉〈ノ〉事歟、又云タ〈ハ〉手也、ツ〈ハ〉タル〈ノ〉反、キ〈ハ〉ケ也、タツケナシ、タチキナシ〈ト〉イヘルニヤ〈ノ〉推アリ〈十帖〉
  • ○人ヲテキラメタトイヘル如何、コレハテキレマメク〈ヲ〉イヘル也〈十帖〉
  • ○ワカキモノヽイサミタル〈ヲ〉ツハエタリ〈ト〉イヘルツハユ如何〈七帖〉
  • ○水〈ノ〉ソコニモノヽツヽフ如何、タム〳〵ハム〈ノ〉反、又トウ〈ヲ〉ツヽフ〈ト〉イヘル歟〈七帖〉 國語辭典は名義抄に渟、字鏡集に凝をツツフと訓んで居るのに據りて、トヾマル、コルの義として居る。字鏡集は湊字もツツフと訓んで居るらしい。
  • ○タケナヲ如何、酣トツクレリ、タケ〈ハ〉武歟、ナヲハ、ナカヒカノ反、ナハトイフベキ〈ヲ〉ナホトイヘル歟〈九帖〉 是れでは著者はタケナハと云ふ形を全く知らず、訛形で解釋して居るのである。名義抄や字鏡集は正しい。
  • ツルタリモナシトイヘル詞如何、ツル〈ハ〉絃也、タリ〈ハ〉タルミ〈ノ〉ルミ反リテリ也、弓ノ絃ノゴトクニ、ヒキハリタルヨシノ詞也〈九帖〉
  • タシヤカナル物〈ヲ〉ツマ〳〵如何、ツヽムヤ〳〵ノ反〈九帖〉 タシヤカ・ツマ〳〵何れも珍しい。タシヤカはタシ(確)にハレヤカ、シナヤカなどのヤカが添うたものだらうから、タシカと同義であらう。
  • ○オホキナル物〈ヲ〉テヽヤカトイヘリ如何〈九帖〉 今日のデッカイと一脈通ずるものがある。
  • ○ニカバチ如何、コレハヌカバチ〈ヲ〉ニカ〈ト〉イヒナセル也、ヒタヒニクセ〳〵シキマダラノアル故〈ニ〉額蜂也、ヌカ〈トハ〉〈ノ〉ヨミ也〈九帖〉 加賀の方言にヌカをニカと云ふのがあるが、同じやうな轉訛である。
  • ○ナシ□(ヲかノか不明)ウツ〈ト〉イヘル詞如何、コレ〈ハ〉裝束〈ノ〉ナエタルヲイウタトヘ也、打梨トカケレドモ、實ニハナニシホウツ〈ト〉イヘル義也、蔓草ニ鹽ヲウチツレバ、クサ〳〵トナル義也〈ト〉申セリ、衣文ナドノシホレタル〈ヲ〉イヘル也、俗ニチカキタトヘナレドモ、實義〈ニ〉ツキテ、人コレ〈ヲ〉申ツタヘタリ〈十帖〉 烏帽子には梨打烏帽子もあるが、裝束のなえたのにナシヲウツと云ふのは珍しいと思ふ。
  • ○ニホ〈ハ〉鳰也、イチウツフリ〈ト〉イヘル鳥コレ也……〈三帖〉 イチウツブリと云ふ語は、信友の動植名彙にも見えないが、重訂本草綱目啓蒙卷之四十三には、イッチヤウツブリ阿州イチツブリ土州イッチヤウムグリ仙臺などゝ見えて居る。
  • ○ネバキ牝ヲニトメクトイヘリ、如何〈二帖〉 今のネトツクに當る。
  • ○ヌタウツハ沼田也、ヌ〈トハ〉水タマリタル所〈ノ〉名也、タ〈ハ〉田也、猪〈ガ〉〈ニ〉ナレ〈バ〉〈ニ〉クハレジトテ、ドロ〈ニ〉フシコロビテ、身〈ニ〉壁ヲヌリツケ〈テ〉フセレ〈バ〉〈ノ〉クヒケレドモ、シタノハダヘトヲラザル術ヲカマフル也〈三帖〉 解釋の當否はともかくとして面白き説明である。
  • ○クソ〈ト〉イハルヽモノ如何、答、クソ〈ハ〉糞也、クフシロ〈ノ〉反、食物ノツモレル〈ガ〉〈ニ〉アマリイヅル義也、抑ノコギリクソトクソナドハ食代〈ニ〉非ズ如何、ソレ□ク□シロノ反〈但アマリイヅレバ同風情歟〉〈三帖〉 鋸屑をノコギリクソと云つて居るのが珍しい。トクソハ砥石に關したものだらう。トクソに相當するものを今、何と云つて居るだらうか。果して其れを意味する言葉があるだらうか。
  • ○ソラニ理ズルニウジ如何、答、虹也、ニジ〈ト〉イヘリ、ノビソリ〈ノ〉〈七帖〉 ニジの方言研究は材料が殆んど集められて居るが、古文獻の用例としては此のニウジの如きも注意すべきだらう。
  • ヌカメツカフ如何、コレハカホ〈ヲ〉ウツブケテ、ヒタヒニテミルヨシ也、額ヲヌカトハヨメル也〈七帖〉 今の上目ウハメヲツカフ・空目ソラメヲツカフと云ふのとも精密には一致せない。今日ヌカメに相當する語は無いのではあるまいか。良い言葉であるから復活させたいものである。
  • ○人〈ノ〉意趣アリゲニテ、コトバヲモトガメ、氣色〈ヲモ〉カヘ、ネマル如何、ネメレル〈ノ〉反、ネミエラス〈ノ〉反、ネメル也〈七帖〉 險しい目付きを云ふか。睨むと關係あるか。
  • ○物ノ直段〈ノ〉ノダカシ如何、ネタカシ〈ヲ〉ノダカシ〈ト〉イヘル也〈九帖〉